大分県豊後大野市御嶽神楽   


第五章 1600年 石垣原の戦い
  (1) 瓜生島の老婆
  《・・・恐ろしいことよのぉ》
 眼下の扇形に広がった湾を見つめながら、わずか五年の留守の間に朽ち果ててしまった高崎山山頂の城跡
に立ち、大友義統はひとり呟いた。
 過っては、美しい湾を挟み、左手には湯けむりの上がる浜脇温泉が見え、右手には賑やかな府内の城下を眺
めることが出来た。そして、義統の足元には、瓜生島があった。
 今は、瓜生島の島影は無く、静かに広がる海面が青く濃く輝いているだけである。
『・・・人間の命の長さは、そいつに向けられた恨みの数で決まる。瓜生島の乞食の老婆が、そう、わめいておっ
たな。・・・埒もない事よ。ならば太閤はどうだ。なぜ奴は、天寿を全うした!・・・家康はどうだ。なぜ、まだ生きて
おる!・・・毛利輝元はどうじゃ。・・・こざかしい奴め!・・・わしを騙しおって。
・・・改易の五年の間が、わしにとって一番幸せな時であったわ。気立ての良い側室が可愛い男子を生んでくれ
た。気性の激しい母上と、神経質な父君も、もうあの世じゃ。何の気兼ねも無く、親子の和やかな暮らしが続く筈
であったのに、よもやまた、自分の城跡に上り、戦場(いくさば)に駆り出されるとは思っても見なんだわ。デウス
は、わしに武将の才覚や勇気も与えず、わずかな運さえも奪うつもりじゃ。
・・・伴天連の神など信じられるものか。親次を見よ。愚直に、心身を投げ売ってデウスに祈り続けても、わしと変
わらぬ運命ではないか。デウスなど戯事よ。
・・・聞けば、親次に仕えておった修道士が、麓の七蔵司で、洞窟に餓鬼等を集めて暮らして居るという。そ奴
は、長崎で死んだアルメイダを、呪術を使い生き返らせたとの噂だ。馬鹿な!その様なことが出来る訳がない。
わしの目の前でその呪術を使わせ、詐事(いつわりごと)であったら、餓鬼等諸共、叩き切ってやるわ!』

※大友義統の改易後の様子は、白石一郎著「島原大変」(文春文庫)の短編『凡将譚』に詳しく書かれています。


神なき時代の神 

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